台湾の元国会議員であり、ブロックチェーンの世界では「クリプト議員」としても知られているジェイソン・シュー氏(Jason Hsu)にインタビューさせていただきました。議員時代はブロックチェーン技術を推進する一方で、LGBTQの権利を守るための立法にも力を注ぎました。また、TED×Taipeiの発起人としても知られ、台湾の多くの起業家から支持を集めています。今まで手がけてきた数々の法律についてのお話や、台湾とブロックチェーンの関係などについてもお伺いすることができました。ぜひご覧ください。
インタビュー日 : 2021年3月17日
ジェイソン・シュー氏(全インタビュー記事)
台湾のクリプト議員
私は2016年〜2020年にかけて国民党(KMT)の国会議員として立法に関わってきました。その中で、自動運転の自動車法、サイバーセキュリティ管理法、暗号通貨ガイドライン、そして人工知能開発法といった数々の法律を手がけました。
私は「Crypto Congressman(クリプト議員)」と呼ばれています。実はこのニックネームは、Ethereumの生みの親であるヴィタリック・ブテリン氏がつけてくれたものです。
ヴィタリックと出会ったのは2017年9月のことです。当時、中国がICOを禁止したため、多くのプロジェクトが中国から撤退していきました。
この時にヴィタリックが私に「台湾が暗号通貨に関わる絶好の機会だ」と言って連絡してくれたのです。私はそれ以来ヴィタリックとともに仕事をするようになり、彼は何度か台湾も訪れたこともあります。
台湾史上初の暗号資産法
私は台湾のマネーロンダリング防止法の中に暗号資産に関する条項を書き込んだ初めての政治家となりました。また、台湾で初となるセキュリティ・トークン・オファリング法の制定に挑みました。
この法律は台湾にとって非常に象徴的なものとなりました。なぜなら、この法律は台湾における暗号通貨の取り扱いを定めており、暗号通貨の法規制の上で非常に重要な立ち位置にあるからです。
議員を退いた後の活動
議員を辞めた後も変わらず暗号通貨とブロックチェーンの分野に情熱を注いできました。初めは、Foxconn、TSMC、Acerといった数々の台湾のハイテク企業も加盟している、台湾の科学技術連盟の事務局長を務めました。それから、国際標準化機構(ISO)でフィンテックの導入に関する審議会のメンバーも務めました。
現在は国際デジタル資産取引所協会(IDAXA)の理事を務めており、マネーロンダリングとテロ資金調達に関する世界的な監視機関であるFATFと協力して、暗号通貨取引所のトラベルルール等の規制の策定に取り組んでいます。
台湾と中国の違い
中国と台湾は2つの全く異なる場所です。台湾はまだ、国連に認められた正式な国際的地位は持っていません。しかしながら、独自の政治システム、経済システム、そして軍事システムによって運営されています。また、独自の通貨と通貨システムも持っています。
中国は共産主義社会ですが、台湾は民主主義社会です。そしてBitcoinをはじめとする暗号通貨に対する見方も、驚くほど違います。
中国では、人々のお金のやり取りをより中央集権的にコントロールしようとする節があります。いわゆるデジタル人民元(DCEP)を発行した理由もここにあります。
一方台湾では、Bitcoinや暗号通貨は、どちらかといえば金融商品の一種だと捉えられています。したがって過度な規制は行わず、軽い規制にとどめることで、人々が商品を取引するような感覚で暗号通貨を売買できる環境を可能にしています。
国によって異なる暗号通貨への対応
中央銀行は、現在の通貨システムを代替できるようなシステムを考えていく必要があります。詳しく言うと、より政治的な影響を受けにくい通貨システムを開発する必要があります。
そして世界各国がこのことについて考えていく必要があります。このような問題を考慮していく上で、暗号通貨のもつ長期的な意味合いを理解するということはとても重要です。
暗号通貨が世界の色々な場所でどのように受けとめられているかというのは、その場所の社会の在り方を反映しているのだと思います。それぞれの国にはそれぞれの事情があります。その事情の違いによって、暗号通貨やブロックチェーンに対する扱い方が異なってくるのです。
台湾をブロックチェーンの島に
私が国会議員だった頃、台湾を「ブロックチェーン・アイランド」にしようと常に考えていました。私はおそらく国会において最も猛烈で情熱的な、暗号通貨とブロックチェーンの提唱者だったと思います。
政府に対して、この新しい技術を採用するよう非常に強く勧めました。この技術を最初に採用した政府こそが業界で最も有利になれるということを知っていたので、台湾を取引所のハブとして発展させる案を提唱しました。
この案のメリットは、暗号通貨の取引のみならず、他の様々なビジネスの機会も集まってくる可能性があるということです。
たとえばサイバーセキュリティ関連やウォレットプロバイダー、そしてマイニング事業、さらには半導体事業まで、多種多様のビジネスを惹き付けることができると思いました。このようにして台湾が大きく成長し、大きな変化を遂げるいうビジョンをイメージしていました。
小さな島でもブロックチェーンを活用できる範囲は無限大
台湾は小さな島ですが、交通、医療、不動産、エネルギー管理など、ブロックチェーン技術を活用できる部分たくさんあり、その規模は計り知れません。だからこそ私は台湾でブロックチェーンを懸命に推進していました。
私が政府を去った後は多くのプロジェクトがある意味でそのままになってしまいました。このまま採用や開発が進まなかったらどうしようと心配した時期もありました。
しかし、自分が政府を離れて民間企業に戻ったからこそ、今までは使えなかったようなリソースを動員して、さらなる発展を促すことができるということに気が付きました。
さらに、前述の通り私はいくつかの国際組織や業界団体の役員を務めていますので、この立場や影響力を活かしてまだまだできることがあると思っています。
一歩先を走る者になる
ブロックチェーンや暗号通貨に関しては、今のところ他よりもリードしている国はないと思っています。今のところは皆同じスタートラインに立っている状況だと言えます。
しかしここから、機敏で動きのはやい国だけが、先行者の利益を獲得することができます。この観点から言うと、台湾は中国やアメリカと違って規模が小さいため、より優位な立ち位置にいると言えます。
現在、DeFiやNFTの領域に非常に熱気があります。台湾が世界の企業や起業家たちを惹き付けるためには、この領域の新しいアセットクラスを推進するべきだと思います。台湾はこのようにして新しいトレンドをいち早く取り入れ、暗号技術やブロックチェーン技術の先駆けとなるべきです。
台湾にとってのライバル
台湾にとっての最大のライバルは、暗号通貨のハブを目指して迅速に動いているシンガポールだと思っています。台湾の政府関係者や規制当局も暗号通貨やブロックチェーンのトレンドを受け入れてもっと積極的に行動するべきです。
コミュニティと協力して法整備を整え、ガイドラインをつくることが必要だと思います。トップダウン方式で上から押し付けるのではなく、ボトムアップ方式でコミュニティに働きかけるようにするべきです。
台湾とコロナ対策
台湾はこのコロナ禍で感染拡大を抑えることができました。非常にすばらしい感染対策をとることができたと思っています。
感染者数が少ないということをアピールポイントにして、台湾をブロックチェーンのハブとして推し進めるべきだと思います。より多くの人材を集めて企業を設立し、柔軟な導入用インフラを迅速に整備すれば、大規模な経済成長が期待できると思います。
暗号通貨やブロックチェーンの領域は現在、新たなチャンスを豊富に含んでいます。そんな中、人材不足というのは常にある差し迫った課題であり、早急に解決が必要です。政府や企業の後援を使ってより多くの人材や才能を台湾に呼び込むことができれば、素晴らしい結果が得られると思っています。
今回のパンデミックをうけて、台湾政府は5000枚以上のゴールドカードビザ、就業ゴールドカード(就業金卡)を発行しました。このゴールドカードビザというのは、専門職の人々が台湾で働いたりビジネスを始めたりするためのビザです。
そこで私は、YouTube社の共同創設者であり、私の良き友でもあるスティーブ・チェン氏がゴールドカードビザを取得するのを手助けしました。彼は現在台湾で暮らしています。
台湾の今回のコロナ政策は、今のところ良い結果を出しています。台湾の存在感をさらに強めていくためには、政府がブロックチェーン関連のプロジェクトに投資するためのファンドを設立することだと思います。
クリプトの発展には取引所の協力が不可欠
政府は管轄区域内に存在するあらゆる暗号資産取引所について真剣な調査を行い、マネーロンダリング防止法やサイバーセキュリティ法などの法律を遵守しているかどうかを確認する必要があります。しっかりとした調査と確認を行うことで、人々が安心して将来への投資ができるよう、後押しすることができます。
マネーロンダリングといった非倫理的で違法な活動のための手段をを提供する取引所もあります。こういったことを防ぐためにも、信用力のある大規模な取引所は法律当局と積極的に協力し、違法な取引等を検知した場合には正しい情報提供をすべきです。
この業界が繁栄して長期的な成功を収めるためには、必ず光の照らす下で運営される必要があります。暗闇やグレーゾーンの道を歩むべきではありませんし、地下産業として取り扱われるべきではありません。
台湾の自主規制団体
台湾には、暗号通貨事業者ガイドラインというものがあります。また、私が議員だった頃に自主規制組織(SRO)を設立し、現在は50社以上のブロックチェーンと暗号通貨関連業者が加入しています。
SROは政府と積極的に連携をとり、ヒアリングや規制の策定、そして業界セミナーなどを行っています。このように、法的な枠組み自体はあるのですが、まだまだ改善が必要だと考えています。
台湾にいる暗号通貨業界の有名人
台湾ではJeffrey Huang氏というラッパーの方がいますが、彼は非常にアクティブな有名人です。彼はいくつかプロジェクトを立ち上げていて、かなりの成果を上げていることでよく知られています。
それから、台湾初の暗号資産取引所であるMaiCoinの創設者兼CEOであるAlex Liu氏も業界で非常に有名です。彼はブロックチェーンと暗号通貨業界の様々な分野で活躍しています。
議員としての暗号通貨との関わり方
私は議員として、暗号通貨を所有しないということを明確に宣言していました。議員だった時は、できる限り中立的な観点でこの議題と向き合っていました。
議員として在任中の時に暗号通貨の売買をするのは間違っていると思っていたので、議員時代は暗号通貨の売買をしていませんでした。しかし退職して一民間人となってからは、Bitcoinをいくらか購入しました。
現在、暗号通貨とこのように関わっているのは、在職中にあれほど情熱的に推進したテクノロジーとシステムに対する自分の信念を示すためでもあります。
暗号通貨の売買には注意が必要です。しかし個々人にとっては、暗号通貨という現在の経済の代替システムの仕組みを知り、理解していくことが重要だと考えています。
暗号通貨とは何か、そしてどうすればアクセスできるのかということを、これから人々は自ら学び、自分で自分を教育していかなければなりません。
たとえば代理店や中間業者といった仲介者から購入をする際は、プラットフォームの説明を確認したり、透明性を確認したりする必要があります。
同性婚合法化までの長い道のり
台湾におけるLGBTQコミュニティーの平等な権利を確立していくための旅路は大変感慨深いものでした。色々な感情なしには語れません。
私が議員だった頃、LGBTQコミュニティに法的権利を与えることは最優先事項でした。その中において、ブロックチェーンや暗号通貨の推進は二の次でした。
台湾におけるLGBTQ関連の問題はずっと前から存在していました。最初の問題提起があり、問題の存在が明るみに出てから、実に30年もの月日が経っていました。
しかしこういった問題に関して、一人の一般人に過ぎない我々が影響を及ぼせる機会はめったにありません。多くの人々にとっては、出口の見えない、非常に長く暗いトンネルの中を歩きつづけるような旅でした。
私が子供の頃、身の回りには同性愛者の友人が普通にいて、私はそのような友人に囲まれて育ちました。したがって起業して自分のビジネスを始めたときも、同性愛者の人も雇い入れ、彼らにとって優しく働きやすい環境をつくりました。
やがて彼らとの親睦が深まり個人的な話もするようになりました。その中で彼らの身の上話や苦労話、仕事に関することや友人と家族に関すること、そして彼らが今までの人生の中でどれだけ虐げられてきたかという話を聞くようになりました。
私は声を大にして、これらの問題について訴えました。ところが保守派からは「憲法で同性婚を保護してはならない」という意図を含んだ抗議をうけました。このような経緯があり、LGBTQの問題はさらに数年の間放置されたままとなりました。私はLGBTQの権利を守るための法律を作ろうと、自分の心に誓いました。
議員として過ごした最後の1年間、私はたまたま法と正義を司る委員会に所属しました。我々の議員としての任期は4年です。しかし我々の作る法律は、何世代も長きにわたって、世の中に影響を与えつづけます。
2016年の10月21日に私は国会でスピーチを行いました。政府は同性婚を合法化する法案を可決して台湾がアジアで初めて同性婚を合法化するべきだということをスピーチの中で訴えました。
私は自分の党以外の様々な異なる政党とも協力をし始めました。そして非常に長く厳しい戦いの末、最終的に2019年に法案を押し通し、悲願を成し遂げることができました。
TEDxTaipeiの発起人として
私は常日頃から、新しいアイデアを聞くことで刺激を受けてきました。
2005年から2007年にかけて私はサンフランシスコのシリコンバレーでスタートアップを立ち上げようとしていたのですが、この時にTEDTalksに出会いました。シリコンバレーでは様々なことが行われていて、そこの人々は素晴らしいアイデアを持っていました。
サンフランシスコから台湾に戻り、私は台湾でも何らかの形でTEDを始められたら素晴らしいだろうと考えていました。そして幸運なことに、ちょうどこの頃TEDは世界的な展開を推し進めようとしていました。
私は好運に恵まれ、アメリカ以外の地域でイベントを行うことのできる初のライセンス保有者となることができたので、TED×Taipeiをはじめました。たった1つの支部からはじまった試みでしたが、現在の支部数は32まで拡大しました。
また私は2011年から2015年にかけて、アジアにおけるTEDTalksのTEDアンバサダーも務めました。
台湾のジェネレーションギャップ
台湾はとても適応力が高く、基本的には新しいトレンドを簡単に受け入れるという傾向があります。
そんな台湾における上の世代と下の世代の唯一の違いは、自分のアイデンティティをどう認識しているか、ということだと思います。
若い世代の人々はアイデンティティーに関して、自分たちは台湾人だと考えています。若い世代の考え方は、台湾は主権国家であり、自分たちは台湾人であるというものです。
彼らは台湾のために行動したいと思っています。そして台湾が中国の一部としてではなく、台湾として存在することを望んでいると思います。
一方、もっと上の世代はというと、彼らは紛れもなく中国とのつながりを持っています。多くの人は中国出身で、中国に親戚がいます。中には、戦争のときに中国のために戦った人もいます。上の世代の人々は、中国との感情的なつながりや中国への思いがあるのです。
多様性のある社会で生きるということ
アイデンティティーの捉え方には様々な違いがあります。しかし正しい捉え方と間違っている捉え方というのは決してありません。多様性のある社会に生きるというのは、まさにこういうことだと思います。
様々な違いがあってもいいのです。しかし政治家は時に人を巧妙に操り、己の利益のために、異なる民族間の間に憎しみを誘発したりすることがあると思います。だからこそ我々はもっと教育を受け、批判的な視点を持ち、自分自身で考えられるようになる必要があると思います。
世界における台湾の立ち位置
台湾は世界の中でも非常に重要な立ち位置にあると思います。それと同時に、歴史的にみて不安定な立ち位置にもあると思います。台湾の人々はこのような不安的な時期を生きてきたと言えます。
台湾には、多くの安全保障上の懸念があります。だからこそ、近隣諸国を刺激しないように賢く立ち回るべきだと思います。もっと言えば、むしろ周りのことよりも、台湾内で色々な改善し続けていくべきだと思います。
インタビュー・編集: Lina Kamada
翻訳: Nen Nishihara
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