台湾のデジタル担当大臣である、オードリー・タン氏にインタビューさせていただきました。国家は暗号通貨を法定通貨として採用すべきかどうか、ブロックチェーンから着想を得たという台湾の投票システム「総統杯ハッカソン」、NFTの価値はどこにあるのか等、暗号通貨技術をめぐる様々な疑問や話題について語っていただきました。ぜひご覧ください。
インタビュー日 : 2021年7月9日
オードリー・タン氏(全インタビュー記事)
国民の富がインフレで奪われているという認識
今回のパンデミックで、政府によるお金の印刷と、個人からお金を借りるということの意味合いは全く違うのだと、より多くの人が理解しはじめたようです。マクロ経済とミクロ経済というのは、同じ言葉を使ってはいても、実際には全く異なる意味合いを持つことがあります。
政府の金融政策等によって富が奪われているということは、2008年のリーマンショックの後にも明るみに出て話題になったことですが、今回は多くの政府によるコロナ対策の取り組みの中でまた明らかになりました。
政府の金融政策の持つ意味合いについて、人々はより意識するようになっていくと思います。ただ、ブロックチェーンとBitcoinがこの問題への解決策なのかという点については、まだ議論の余地があると思います。
というのも、Bitcoinは決して暗号通貨世界における唯一の金融政策というわけではないからです。他のアルトコインにも、多種多様な金融政策があります。
また、Bitcoinは消費エネルギーに関する批判に直面しています。10年ほどさかのぼると、消費エネルギーの問題というのは今と比べてあまり重要視されていませんでした。しかし今は重視されるようになってきましたので、消費エネルギーの度合いという、いわゆるコストの外部性が加わるようになったのです。
そしてこの外部性も、金融政策の重要な要素の一つとして考えられるようになりました。たとえば消費エネルギーを二酸化炭素排出量と言い換えて、排出量をコスト的にカウントすることもできます。これがまさにコストの外部性であり、消費エネルギーも金融政策の大切な要素として考えられる理由です。
環境にやさしい暗号通貨の実現可能性
PoW以外の方法に基づいている分散型台帳というのは既に存在しています。ただ、PoWは研究も進んでよく理解されている仕組みであるのに対して、その他の新しい分散型台帳技術というのは、スケーラビリティーや信頼性についてまだまだ研究中の段階にあります。
したがって、PoW以外のブロックチェーンについては、まだまだ未解決の研究課題がたくさんあります。PoWに基づいたBitcoinがすでに開発段階にあるのに対して、他の証明システムというのは、まだ研究段階にあるのです。私は環境によりやさしい新しいブロックチェーンの開発は可能であると信じています。しかしこの実現には皆の協調した行動が必要になるので、並大抵のことではありません。
つまり、Bitcoinを稼いでいる人々が皆、「将来の世代を犠牲にするようなことがあってはならない」ということを認識して物事に取り組む必要があるのです。
我々には、将来の世代によりよい環境を提供するという義務があります。Bitcoinの開発に携わる人たちやBitcoinを所有している人たちがこの価値を理解し共有し合うことができれば、環境にやさしい新しい技術への移行はすぐにでも可能であると信じています。
NFTの価値はどこにあるか
私にとってNFTの価値は、金銭的なところよりもステータス的なところにあると思っています。ステータス的な価値というのは、NFTは何かを象徴するシンボルとしての価値があるということです。
シンボルとして価値のあるものの多くは、その価値証明をタイムスタンプ(電子データがある時刻に確実に存在していたことを証明する電子的な時刻証明書)という不変の印に依存してきました。これはつまり、「あることを一番最初にしたのは誰か」というのが大切であり、そこに価値があるということです。
たとえばあることの難易度が将来的に大幅に下がり、誰でも簡単に、そして無料で行えるようになったとします。しかしそれでも、あることを最初に行ったという記録には価値があります。これは言ってみればギネス世界記録にのっているような記録に価値があるのと同じ原理です。
今まで誰も作れなかったようなすごい建物をつくったとしても、将来的には誰しもが同じような建物をつくれるようになります。しかしそれでも、一番初めにつくられた建物には、一番初めにつくられたという価値が宿ります。公式記録にも、一番はじめにつくった人の名前が載ります。NFTの価値もこれと同じようなものだと思っています。
NFTには投資対象としての価値があると思っている人もいますが、現在の私の個人的な見解では、投資対象としての価値よりもステータス的な価値の方が高いと思っています。
著作権から考えるNFT
私は自分の著作物に関するあらゆる著作権を放棄しているので、NFTの所有権といったものに価値があるとは個人的には思っていません。たとえば私が書いたものを誰かが勝手に自分の名前をつけて出したとしても、私は気にしません。その行為によって、アイデアの伝達性が高まるからです。
しかしこのような考え方というのは、著作権を所有している人の考え方、あるいはアイデアや表現の所有権を特許や著作権という形で捉えるような考え方とは根本的に異なります。つまり言いたいのは、知的財産権に価値があると思っているか否かによって、所有権の価値に対する考え方は全く異なってくるということです。
もしも知的財産権に重きを置いているのであれば、もちろん所有権はとても重要で価値がありますし、その上でNFTは「自分の著作権を他者に譲渡する」ということを表明できる手段の一つです。
しかしその一方で、私のように知的財産権の所有を重視しておらず、アイデアの豊富性の方に重きを置いている人もいます。私の考え方は、人はアイデアの媒体であり、アイデアを広めたりミックスしたりするための役割を担っているというものです。
このように、アイデアを共有することに価値があるという考え方を持つ人にとっては、アイデアは共同体から奪われて個人に属するべきではなく、共同体にあるべきです。こういった視点から考えると、NFTの所有権は、アイデアについて排他的な機能を持つという点において、価値があまり高くないと言えます。
国家が暗号通貨を禁止する理由とは
暗号通貨を成り立たせている分散型台帳技術(DLT)というのは、ある一定のデータに対して多元的な統治を可能にするための基本的な技術だと考えています。これは言い換えれば、問題解決に必要な全てのデータ、つまりデータの全体像を把握している1人の人間、というのはどこにも存在しないということになります。
人々にはプライバシーの問題や、データを悪用されるのではないかという懸念があります。したがって、関係が相互信頼の上に成り立っているということを理解していない限りは、誰も自分のデータを他者と共有しようとは思いません。
「相互信頼」というのは元々は政府や国家の管轄下に存在するものです。つまりどういうことか簡単に言うと、既存の方法で統治されている人々というのは、リーダーを信頼したり、統治機関を信頼したりすることを前提とされているというわけです。
ところが分散型台帳技術というのは、合意形成のアルゴリズムを信頼することを提案しています。アルゴリズムを信頼することができれば、この新しい技術を通して相互信頼を生み出すことができる、ということです。そうすると、従来のいわゆる垂直的な統治モデルとはまったく異なる統治モデルが生まれます。
そしてこの新しいモデルというのは、ちょうどインターネットの世界に初めてエンドツーエンド原理が登場してそれまでの仕組みに脅威をもたらしたのと同じように、従来のモデルに脅威をもたらすものだと思います。
新モデルは、検閲やコミュニケーションの独占という考えに基づいて構築されたあらゆる体制にとって脅威となるため、規制しようということになります。
暗号通貨は法定通貨として機能するか
分散型台帳技術でいろいろと試行錯誤してみたいと望む国は、自由に実験してみるべきだと思っています。Bitcoinというのはオープンソースのプロジェクトですので、サトシにロイヤリティを払う必要がありません。もちろん、たとえ払いたくても、一体どうすればサトシにロイヤリティを払えるのかも分かりません。
オープンソースのプロジェクトであるということは、いつでもプロジェクトをフォークして、たとえばDogecoinやLitecoinなどを作ることができるということです。つまり、どんな主権国家でも自分たちの法定通貨をCDBC(中央銀行のデジタル通貨)といったような形で分散型のデジタル銀行券に実際に変換することができるということです。
暗号通貨は法定通貨としても十分機能できると思っています。もちろん、人々が起こっていることを理解しているという前提は必要になってきます。
台湾には「フィンテック・サンドボックス」と呼ばれるものがあります。これは、リスクを取ることに同意した人たちを集めて、ある一定期間、新しい技術を試してもらうというものです。たとえば5,000人の人に6ヶ月間新しい技術を試してもらうことによって、その技術が社会の期待にどれくらい適合しているのか、といったことを知ることができます。
たとえ実験の結果、その技術が上手く行かなかったという結論になっても、5,000人の人たちが我々みんなのために授業料を払ってくれたといういことで、彼らに感謝して彼らの経験から学ぶことができるでしょう。逆に技術が上手く適合するという結論に至れば、当局が技術を導入することになります。
サトシ・ナカモトの出現について
サトシの影響力や、彼が新しいコインを作った場合の影響力というのは、サトシが一体誰なのかによって変わってくると思います。
サトシが一個人ではなく集団で、政治的な権力や科学的な権力、あるいは軍事力を行使できるという可能性も考えられます。このように、我々はサトシの正体を知らないので、サトシ関連の質問に答えることは不可能だとも言えます。
我々の知る限り、サトシはBitcoinを多少もっているというだけの存在ではありません。彼は実際にはおそらく、非常に才能のある開発者であることに加え、最先端技術へのアクセスもあるのです。
サトシという存在だけが大切なのではなく、彼の属しているコミュニティーやソーシャルネットワーク、つまり彼の壮大な実験をサポートしてくれた組織も重要になってきます。したがって我々は、この組織の正体を知らずしてサトシについて何か言うことはできないと考えています。
保守的な暗号通貨 vs 革新的な暗号通貨
私はあらゆる立場の暗号通貨を支持しています。なぜなら、保守的な側面と進歩を体現した革新的な側面、この2つがどちらも存在している状態こそがベストであり、金融政策的にも変動範囲が広い方がより望ましいからです。
保守的な暗号通貨というのは、ブロックチェーン技術のいわばセーフティーネット的存在であり、この技術の根本的な価値を証明する確固たる砦として機能するものです。それに対して実験性の高い革新的な技術というのは、たとえば気候変動問題の解決や二酸化炭素排出量の削減といった、より進歩した価値を追求することができます。
実験には失敗がつきものです。実際、多くの革新的な試みは過去に失敗に終わりました。しかしオープンソースなプロジェクトにおいては、失敗もすべて全員に公開されています。したがって人々は、これはうまくいかなかった、あれもうまくいかなかった、というように学びを得ることができるのです。
そうして何回にもわたる試行錯誤をくり返した後、もしかすると、うまくいく何かを見つけることができるかもしれません。この新しい発見はBitcoinコニュニティーに利益をもたらしてくれるでしょう。
Bitcoin自体、過去の度重なる試行錯誤から恩恵を受けつづけてきたので、もうサトシが生み出した当初のままの姿というわけではありません。しかしもちろん、その根本的な価値は誕生時から何も変わっていません。不変の砦というのは、それ自体美徳があるものです。
これと同じように、新たな世界を切り開くことにもその美徳があります。最高のエコシステムというのは、変わらないものと新しいもの、こういったすべての素晴らしいものがあらゆる面で存在しているようなシステムだと思います。
ブロックサイズ論争について思うこと
この問題に関しても、私としてはどちらかを一方を支持している立場ではありません。どちらにせよ個人的な利害関係もないので、だからこそ様々な新しい試みや設計が発展していくのを見たいという気持ちがあります。
何と言っても、この技術は全ての人にとって真新しいものです。だからこそ、最適解を持っている人はまだ誰もいないのです。結局のところ、現在わかっている特定の構成や世界の成り立ちがあって、我々はその構成において可能性のある解に向かって群がっているに過ぎないのです。
もしも人類の計算能力がもう一桁上がれば、また別の構成が見えてくることでしょう。たとえば台湾では、ブロードバンドインターネット接続は人権なので、微々たるキロバイトの転送量に対しては基本的にコストがかかりません。これもまた一種の構成、一種の世界の成り立ちだと言えます。
選挙にブロックチェーンを導入する必要性はあるか
まず私は、現行の紙ベースの投票システムと集計システムが必ずしも中央集権的だとは思っていません。現行の制度では、それぞれの投票所が独立して集計を行い、また独立したオブザーバーが経過を観察します。
台湾では、ユーチューバーが集計作業の様子を撮影することもあります。したがって、今の投票制度が中央集権的というよりは各地域に分散化された仕組みであるということ、そして仕組み自体の透明性も担保されていると言えます。
まずは各地方の投票所が集計を行うのですが、この個別の集計は最終的には国民の総意として集計されて、たとえば総統を選出したりといった重大な決定が行われる際に利用されます。
このような特徴から考えてみても、現行の紙ベースのシステムが中央集権的な仕組みであるとは言えず、強いて言えば、どこか1カ所で印刷された投票用紙が各地区や自治体に配布されるというところ以外は中央集権的な特徴は皆無であると思います。
したがって、紙ベースの投票システムの対極にあるものとして、ブロックチェーンベースの「より分散化された」システムを構築する必要なないと思っています。
もしかするとブロックチェーンを導入することでシステムの効率性をあげることはできるかもしれません。しかし、ここで一番大切なのは、人々がそのシステムをより安全だと感じられるかどうかということだと思います。
これは決して簡単なことではありません。なぜなら、誰もが暗号通貨の専門家ではないからです。それに全部の政党が、選挙制度について毎回意見することができるほどの数学者を雇っているというわけでもありません。
だからこそ、現時点では我々は人に投票する時にはまだ紙ベースの投票用紙を採用しています。しかし議題設定の段階では、電子投票を利用しています。そして投票の集計段階ではもちろん、ライブストリームを会計用にカスタマイズするなど、デジタル技術を使って監査性と説明責任を最大限に発揮できるようにしています。
しかし台湾では今のところ、多くの投票自体はまだまだ紙ベースで行われています。分散型台帳技術は多くのプロセスで応用することができると考えていますが、この技術が必ずしも、投票のプロセスにおいても必要であるとは思っていません。
台湾政府が導入する議題投票制度
台湾には「総統杯ハッカソン」と呼ばれる、重要議題への投票制度があります。総統杯ハッカソンでは、169項目以上もの持続可能な開発目標の中から重要な項目を選んで投票します。毎年数多くの目標提案がありますが、その中から5つ、特に重要だと思う項目を選んで投票するという仕組みです。選ばれた目標は総統の公約のような扱いになります。
総統杯ハッカソンの投票は完全オンラインです。また、人ではなく議題に対して投票する仕組みで、有権者には議題に対するインセンティブ以外生じないので、人に投票するよりも問題が少ないです。たとえシステムを悪用したところで、誰か自分のお気に入りの人を当選させることができるというわけではありません。したがってシステムを悪用する動機も利益もないのです。
総統杯ハッカソンの投票システムには、ブロックチェーンから着想を得た「quadratic voting(クァドラティック投票制度)」というシステムを使用しています。これは3年前から使っているシステムなのですが、非常にうまく機能しています。
クァドラティック投票制度では、有権者は1つの案にしぼるのではなく、複数の案に投票することができます。そうすると何が起こるかというと、政策の好みのニュアンス的な部分をより豊かに表現することが可能になるのです。
1人1票しかないような投票制度だと、きっと皆が自分の贔屓にしている人に投票するだけとなってしまうでしょう。しかし総統杯ハッカソンにおいては、人々は様々な案の相乗作用を考慮しながら、多くの案をじっくりと検討することができるのです。
インタビュー・翻訳: Nen Nishihara
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