Bitcoinを法定通貨として採用するはじめての国となったエルサルバドルは自国通貨を持たない国であり、国民のほとんどは銀行口座を持っていません。世界にはエルサルバドルの他にも、Bitcoinに傾倒する経済状況の悪い国や戦乱下の国があります。なぜ経済状況の悪い国の人々ほどBitcoinに傾倒するのでしょうか。今回は様々な国の実情をとりあげながら、Bitcoinが貧困諸国の人々にとって魅力的に映る理由を解析していきます。ぜひご覧ください。
本記事は、 Data Driven Investorのサイト内に掲載されているドミニク・M・ローソン氏(Dominic M. Lawson)の「The World’s Poor Turn To Bitcoin」の内容を日本語へ翻訳し掲載したものです。原文の英語版はこちらをご覧ください。
エルサルバドルの経済状況の悪さ
多くの場合、変化というものはゆっくりと始まった後に一気に訪れます。周辺部から変化がはじまり、だんだんと広がりをみせ、そして最終的には滝のようにとめどないものになります。特に技術の複雑性が増した今日の世界においては、この変化の滝は以前よりもさらに早いペースで古い秩序を覆します。
現在の世界でもまさにこのような変化の波が訪れています。この変化は世界の中でもあまりよく知られていない中米の国、エルサルバドルで始まりました。この小さな中米の国の大統領はBitcoinを法定通貨にする意向を表明したのです。
エルサルバドルがBitcoinの法定通貨化を試みる初の国となったことに驚きはありませんでした。私は数年前にエルサルバドルを訪れたことがありますが、経済状況の悪さは一目瞭然でした。
第一、エルサルバドルには自国の通貨がありません。あらゆる売買は米ドルで行われており、人々は米国の中央銀行の政策に依存しているという状態でした。第二に、エルサルバドルの人々は金融サービスへのアクセスが欠如しています。ほとんどのビジネスは非公式な経済枠組みの中で、それも現金で行われています。
これはすなわちどういうことを意味しているかというと、経済学者たちが 「Great Unbanked (多くの銀行口座を持たない人々)」 と呼称している層、つまりお金を保管したり送金したりする信頼できる手段を持たない数十億の人々の一定数を、エルサルバドルの人たちが占めているということです。
またエルサルバドルには、ギャングによる暴力や内戦から逃れてきた多くのディアスポラの人々(民族離散した人々)もいます。エルサルバドルの経済の4分の1近くは、こうした人々による送金に依存しています。
これらの状況を考えると、この国の若き大統領が試験的で革命的ともいえる道を選んだのも無理はありません。
トルコの場合
Bitcoinに頼ろうとしている国はなにもエルサルバドルだけではありません。今や世界中の中所得国や貧困国の人々が、わずかばかりの財産をBitcoinという成長中の価値ネットワークに移しています。世界ではこういった形でのBitcoinの普及が増えてきており、これによる経済回復の兆しも見られます。
たとえばトルコですが、トルコは世界の中でいうと所得ランキングの比較的中ほどから上位にいることが多い国です。しかしここ10年間くらいは、トルコの人々にとって決して過ごしやすいものではありませんでした。一連の危機(大量の難民問題、米国との貿易戦争、EUとの関係悪化など)に見舞われ、トルコ経済は何度も打撃を受けました。
度重なる打撃を受けた結果トルコは継続的な通貨安の脅威にさらされ、また経済的混乱を解決してくれるはずの中央政府への信頼も失われました。そしてトルコのエルドアン大統領とトルコの中央銀行総裁との間で最近起きた対立は、現地通貨であるトルコリラにさらに新たな打撃を与えました。その結果リラの価値は一時的に過去最低水準にまで落ち込みました。
統計が示すところによると、この一連の騒動をきっかけに、国内で急成長しているBitcoinのエコシステムに注目が集まっているということです。
トルコ国内の銀行はこのことに非常に悩まされたため、暗号通貨による商品やサービスの決済の全面禁止が命じられる事態となりました。ところがトルコのBitcoin所有者の大半はBitcoinを単に財産として保有しておきたいという人々だったため、この禁止令による影響は大して受けないだろうと思われます。
外因性のショックや政治危機によって自国通貨の脆弱性が露呈すると国民は購買力を維持するために新たに登場したテクノロジーに財産を預けるようになる、というのはよくある話です。
しかもこのような状況というのは、21世紀の経済において脆弱なサプライチェーンがブラックスワン(予測できず衝撃が大きい事象)的なイベントに直面する機会が増えるにつれ、ますます悪化していくだろうと予測されます。
各国の情勢や政府の対応
ナイジェリアの場合
国や中央銀行は自国通貨の国内での優位性を維持するべく、新興システムに対して様々な反応を示しています。
一部の国々は手始めの手段として「抑圧する」という選択肢を取りました。たとえばナイジェリアなどがそうです。ナイジェリアの中央政府は、Bitcoinを使用する権利をめぐって国民との綱引き状態となってしまっています。ナイジェリアというとアフリカ最大の暗号通貨市場であり、世界でも3番目の規模を誇る国です。
ナイジェリアがこれほど大きな暗号通貨市場になれたのには様々な理由があります。まず、ナイジェリアでは汚職が蔓延しており継続的なインフレ状態にあるため、自国通貨に対する信頼性が低下しているという現状があります。
また、海外にいるナイジェリア人がナイジェリア内の家族や親族にお金を送る大規模な送金市場があり、この市場においてはコストを避けるためにBitcoinが利用されることが多いということも理由としてあげられます。
ナイジェリアの政治家たちは何年もの間Bitcoinに対する恐怖を募らせてきました。政治家たちは、Bitcoinは犯罪者やテロ組織から「#endSARS運動」(近年発生した警察の暴力に対抗するデモ活動)にいたるまで、様々な反体制グループや反体制運動の資金源になっているとして、Bitcoinを非難してきました。
ある政治家は、Bitcoinが従来の取引手段に代替する取引手段を提供したせいで現地通貨を「役立たずにした」と非難し、注目を集めました。
国民が自国通貨から遠ざかることを恐れたナイジェリアの中央銀行は暗号通貨によるトランザクションを禁止しましたが、これにはごく限られた効果しかありませんでした。銀行はブロックチェーンと従来のシステムの間を流れるお金、つまり従来の伝統的な銀行システムに関連づけられたお金に手を出して止めることはできます。しかしブロックチェーンそのものをどうこうすることはできないのです。
つまり、ナイジェリアの人々がP2Pの仕組みを使って互いにBitcoinを送ったり、プライベートウォレットに保有しておいたりするのは可能なのです。しかも多くの国々、特に発展途上国では、こういった課題に立ち向かうために組織的な能力が不足しているのです。
シリアの場合
特にレバント(東部地中海沿岸地方)や中東では、国家の弱体化が蔓延しています。その中でも最も深刻なのはもちろんシリアです。
シリアは世界最悪の紛争地域のひとつです。そして最近の報道によると、シリアではBitcoinやその他の暗号通貨の検索数が増加しているというそうです。前にも述べた通り、Bitcoinにはシリアのような国に住む人々にとって魅力的な特徴があるのです。
シリア政権は「略奪行為」で悪名が高く、国内のさまざまな反体制組織に同調している疑いのある人々の資産を定期的に押収しています。
シリアという国はまるで複雑なパッチワークのように領地ごとに分断されているのですが、全ての領地で、生き残るための資金を作ろうとBitcoinを試す動きがあるようです。
たとえばイドリブ州という州では、欧米の制裁や政府による略奪から逃れようとBitcoinを使用しているイスラム組織もあるということがわかっています。
シリアのクルド人に影響を与えた「民主的連邦主義」
Rojaveと称されることの多いシリアの北部地方はクルド人主権の民主派勢力によって支配されています。またこの地域は急成長する暗号通貨産業の実験の中心地になりつつあります。
シリアのクルド人たちは、思想的には無政府主義者の理論家であるAbdullah “Apo’’ Ocalan(「アポ」の愛称で知られている知識人、アブドゥッラー・オジャラン)の著作から影響を受けています。オジャランは、トルコのクルド人を率いてトルコ国家に対する長期にわたるゲリラ戦を戦ったことでも知られています。
オジャランは約20年間という長い期間をトルコの地下牢ですごしましたが、彼の無政府主義的な世界観である「Democratic confederalism(民主的連邦主義)」はシリアのクルド人運動全体に影響を及ぼしています。
この民主的連邦主義という思想は、国民国家、中央銀行、官僚主義を本質的に敵視するものであり、クルド人は最低限の権力のみを維持した分散型の多国籍コミューンを形成するべきだと主張するものです。そう考えると、Bitcoinがこのような思想を持つグループの人々の目に魅力的に映るのは不思議ではありません。
シリア戦争が勃発した際、アサド大統領は首都に近い反政府勢力と戦うために北部から軍を撤退させました。するとチャンスとばかりにクルド人が北部の覇権を掌握し、オジャランの思想に基づいて統治したのです。
そしてこの統治はあらゆる面からみて成功を納めています。シリア北部は周囲の混乱の中でも、比較的安全を保っています。2014年にイスラム過激派組織ISISが侵攻してきた際にも何とか生き残り、ISISを退けることができたほどです。
シリア国内の戦乱とクルド人
2018年、シリア北西部に位置するクルド人自治区のアフリーン地区の一部がトルコによる侵略を受けました。自治区内の住民に対する襲撃といった残虐行為が行われたということも報告されました。
襲撃の大部分は財産を略奪したり人質をとって身代金を要求したりといったようなものでした。そして侵略軍によるこれらの金銭的強奪は、クルド人らの経済的独立を確保しようとする原動力に新たな活力を与えるものとなりました。
このような経験はクルド人の歴史の中ではよくあることです。加えて、クルド人は自分たちに重い制裁を加えてきた敵対国家に囲まれています。これらの敵たちというのは、台頭してきたクルド人たちが潰されていくのを何よりも望んでいるような人たちです。こういった経験や敵の存在というのが、クルド人たちが代替的な資金調達源を求める要因です。
戦乱国家におけるBitcoinの魅力
絶え間のない国家暴力の脅威により、Bitcoinは多くの人々にとってより魅力的に見えることでしょう。Bitcoinは従来の通貨と比べて携帯性に優れているいう利点があります。わずか数分で世界各地に送金できますし、USBメモリ程度の大きさのハードウェアウォレットにダウンロードすることもできます。
ブロックチェーンに依存した通貨というのは銀行等の決済期間を経由する必要がなく、したがって制裁を受けることもないのです。
以前までは、暴政や紛争から逃れるためには資産を置き去りにするか、身につけて移動したりするしかありませんでした。そうすると国境で搾取されたり、腐敗した治安部隊に強奪されたりする可能性がありました。しかし今では、やろうと思えば全財産をデジタル領域で完全に保持することができるようになったのです。
シリアの隣国のレバノンでも、同じ解決策が採用されています。レバノンではシリア戦争からの大規模な難民流入と絶え間ない情勢不安に加え、2020年にベイルート爆発まで発生しました。
レバノンの銀行部門では腐敗が続き自国通貨も下落し、多くの銀行は口座をロックして引き出し額を制限することを選択しました。
通常の資産のレートが急落することを恐れて多くの人々は暗号通貨を貯めたり、あるいは支払いを暗号通貨で受け取ったりすることで、銀行を完全に回避するということを選びました。
レバノンからさらに南西の方を見ていくと、数年前からBitcoinを利用するパレスチナ人が増えてきています。Bitcoinが利用されるようになった理由は、パレスチナの人々を分断している厳重な国境やインターネットセキュリティといったものを回避できるからです。
パレスチナ自治区というのは、ハマスという残忍な政権によって支配されている人口密度の多いガザ地区、それから駐留しているイスラエル軍による厳重な占領下にあるヨルダン川西岸地区とに分かれています。
西岸地区を支配するイスラエル側は、より裕福な西岸地区からガザ地区へ送金しようとする人がいるという疑いを抱いています。したがってガザ地区への送金を停止し、関連する銀行口座も閉鎖しました。
一方でガザ地区を支配しているハマス政権は、イスラエル側のセキュリティ対策を回避するために暗号通貨を使っていろいろなことを試みているということが知られています。
とはいえ統計が示すところによると大部分の暗号通貨利用は民間人によるもので、国内外の送金手段として、あるいは財産が押収されるのを防ぐ手段として利用されているということです。
ハイパービットコイン化について
「ハイパービットコイン化(hyperbitcoinisation)」という用語は、コンピューター科学者のDaniel Krawisz氏によって考案されたもので、Bitcoinが金融資産における転換点に到達した世界のことを指し示す言葉です。Bitcoinの熱烈な支持者たちはこの世界を「エンドゲーム(最終段階)」であると考えています。
ハイパービットコイン化というシナリオはとても非現実的でユートピア的に思えるかもしれません。しかしBitcoin、そしてさらに広義の暗号資産業界は、これまで以上に大量のグローバルマネーを獲得し続けると思われます。
すでに金融機関のスマートマネー等が暗号通貨業界に参加してきているという事実があります。また、世界で最も貧しい人々もこの業界に参加してきているという事実もあります。このような動きは、社会的な面および経済的な面からの「挟み撃ち」というような形でBitcoinの普及が達成されるということを示しているのかもしれません。
このような動きが最終的にはどこまでいって収束するのかということを予測するのは不可能ですが、Bitcoinの利用は世界各地に広がりつつあり、中央集権的な国家構造はこの新しい通貨を制御できていないようです。これらの現象は、我々が今まさに歴史的にも重要な時代の始まりに立っているということを示しているのではないでしょうか。
翻訳: Nen Nishihara
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