マルタを代表する弁護士の1人であり、マルタ政府のブロックチェーンタスクフォースでアドバイザーを担当しているイアン・ガウチ氏にインタビューさせていただきました。ブロックチェーンとの出会い、マルタでの取り組みについてお話しいただきました。是非、ご覧ください。
インタビュー日 : 2020年2月19日
イアン・ガウチ弁護士(全インタビュー記事)
ブロックチェーンとの出会い
私が暗号通貨について初めて聞いたのは、約10年前のことでした。当時、暗号通貨やビットコインに興味を持ちましたが、それより魅力的だったのが、その後ろにあるテクノロジー、ブロックチェーンでした。その時、アブダビでカンファレンスがあり、私は出席することに決めました。ブロックチェーンの技術と暗号通貨について聞いたとき、弁護士であるシニアパートナー達に「このブロックチェーン技術は素晴らしい」と言ったのを覚えています。現在60代の保守的な彼らに「何かの価値があると思うのか」と聞かれ、私は「これが未来だ」と返答しました。
Ian Gauci
初めてブロックチェーンのカンファレンスに参加した後、私はリサーチと研究を続け、それについての記事を書きました。また、ブロックチェーンに関わる国内外の人達と会い、意見交換を始めました。私はエンジニアではありませんが、テクノロジーの博士号を持っていた人達から学び始めました。それにより法的概念の広がりについても考えさせられました。その後、マルタ政府がブロックチェーンに関するタスクフォースを立ち上げ、私は政府のアドバイザーとして任命されました。そこから、素晴らしい専門家チームとともに、この新しいテクノロジーに関する法律を作り始めました。さらに、マルタブロックチェーン協会も設立し、それを教育するために大学にも広げていきました。
マルタは「ブロックチェーンアイランド」ではない
マルタは、多くの人が言うような「ブロックチェーンアイランド」ではなく、「イノベーションハブ」と言った方が良いと思います。マルタがブロックチェーンアイランドとして話題になったのは、他の国が制限を加えたり禁止してしまう中で、この新しいエコシステムを最初に取り入れた国の一つだったからです。ですので、ある意味で全体の動きはマルタから始まったと言えます。暗号通貨は金融サービスとは少し異なるものであると認識していて、それには価値があり、テクノロジーとしてのブロックチェーン(DLT:分散型台帳技術)を推進する可能性があります。DLTは、暗号通貨の基となるレイヤーで、その根底にあるテクノロジーだからからです。
また、暗号通貨の業界には、不正行為と市場参加者の経験不足に起因する問題がたくさんあることも認識していました。規制が必要であることがわかったため、私達がその間に入ることになりました。私達が規制を主導し、テクノロジーを管轄する当局とともに、暗号通貨に対してライセンスを導入していきました。マルタが暗号通貨においてユニークだったのは、このような手法を採ったからだと思います。フィンテックという領域は、自動化、分散化、非中央集権化などの機能を生み出す技術のためにあります。ただ、これらの機能によって、責任や規制、時に管理という要素が切り離されてしまうことがあります。そのため、その技術を認可するための特別な体制と、イノベーション技術のための準備を整えました。
「暗号通貨」という言葉
暗号通貨(ブロックチェーンではなく)という言葉の定義と法律の下での扱いは、最初に「FIT TEST」と呼ばれるものの結果によって決まります。それが、決済手段、証券、金融商品、電子マネー、仮想資産 (Virtual Asset)、仮想金融資産 (Virtual Financial Asset)かどうか、または価値の貯蔵手段か、交換の媒介かどうかを判断します。マルタでは、「暗号通貨:Cryptocurrency」または「トークン:Token」という言葉は使用しておらず、代わりに「仮想金融資産:Virtual Financial Asset」という言葉を使います。まず、特定のトークンを分析し、決済手段、電子マネー、または証券かどうかを見ます。お金の属性がある場合、仮想金融資産法(VFA)ではなく、金融サービスの法律によって規制されています。
マルタのブロックチェーン監査
マルタ政府は、他の国よりも先にブロックチェーン技術を採用し、この技術が持つ分散性という要素も取り入れています。ただ取り入れるだけでなく、それらに対して法制化を行った最初の国の一つとも言えます。ここでは、暗号通貨ではなくブロックチェーンについてお話しします。マルタデジタルイノベーションオーソリティ(MDIA)という特別な機関が設立されたのも世界初でした。現在、ヨーロッパやアメリカにおいても、監査のために複雑なスマートコントラクトの認証の仕組みを作ろうとしていますが、マルタでは既にそれがあります。スマートコントラクト、分散型台帳技術(DLT)をどのように監査し認証するかというガイドラインもあります。暗号通貨業界は成長を続けており、金融サービスと同じような扱いを受けています。暗号通貨を保管したり、それに関する助言を行うと規制の対象となります。暗号通貨に規制がある限りは、この業界にも可能性があると思いますが、同時に国のニーズに合わせて柔軟に対応する必要もあります。
マルタデジタルイノベーションオーソリティ(MDIA)は、時代を先取りしたと言える特別な機関です。ヨーロッパや他の地域を見てみると、今のところ、この機関に相当するものはどこにもありません。MDIAは、監査と認証、そして革新的な技術の取り決めに関するガイドラインを作るために、特別に設立された機関です。それら革新的な技術の中には、DLT、ブロックチェーン、スマートコントラクトがあり、もうすぐAIも加わります。AIに関する枠組みもあり、将来的に更なる自動化が行われていく予定です。現在、自動車産業や医療産業など、いくつかの領域では既に自動化が行われていますが、この技術に加えて、それを監査する誰かが必要となります。大抵の場合は、もはや人間がコントロールできない領域となります。ある技術の機能が適法であり、確実にコーディングをされ、ソフトウェアが公正で正確かつ透明であることを、誰かが監査して確認する必要があるのです。
私達はフォレンジック・ノード・システム (Forensic Node System)というものも採用しています。フォレンジック・ノードとは、航空機のブラックボックスのようなもので、認証されたある個体の中の全ての活動を記録する仮想マシンやサーバーのことを言います。これにより、監査人は、特定の事業者と技術が認証要件を満たしているかどうかを確認することができます。問題がある場合は、それらを容易に特定し、対策の実施へと進むことができます。
弁護士としての体験
この分野で数多くのことを経験する中で、非常に多くの興味深い出来事や人々に出会いました。あるICOを支持するように迫られたケースもありました。私は、彼らのビジネスプランを信じることができなかったので、誘いを断りました。それにもかかわらず、私が政府のアドバイザーを担当している事、マルタでの実績が他国でも知られている事を知った彼らに、資料の中で私の名前が利用されてしまいました。彼らに連絡すると、必要であればお金やコインを支払うと返答がありました。非常におかしな話だったので、お金の問題でないことを伝え、名前の削除するよう返事をしました。
その他にも、私のマルタのオフィスを尋ね、ビジネス案件を売り込もうとする人達も多くいました。私が最初に尋ねるのは、「そのビジネスプラン、ホワイトペーパーにおいて、ブロックチェーンやトークン化はどのような価値があるか」ということです。多くの人は、「何々ができたのなら素晴らしい」と幻想を語るので、私は「そうですか、お帰りください」と答えています。このような事が時々、私のオフィスで起こっています。
マルタでのビジネス
マルタに会社を設立して暗号通貨の事業を行う場合は、株主、取締役、主要な従業員に対するデューディリジェンスとは別に、提供する暗号通貨サービスの計画を具体化する必要があります。また、マルタ金融当局からライセンスと規制された範囲で認可を得る必要があります。
この業界はまだ非常に若いにもかかわらず、ここ数年で成熟し洗練されてきています。特定の企業が製品やサービスを提供することは非常に重要であるため、企業の責任と健全性も少しずつ見られるようになりました。ユーザー達は、実際の仕組みや環境を知らずにトークン化を支持する傾向があるため、企業側からユーザー向けに提供される知識も増えてきています。当初、技術が未熟で問題がありましたが、進化が続き、市場にも非常に興味深い製品が出てきていると思います。また、以前から課題となっていたスケーラビリティ(拡張性)を備えたブロックチェーンも出てきているので、将来は非常に明るいと信じています。
手遅れになる前に
暗号通貨業界は、見て待っていればよいという状況ではなくなりつつあります。何もせず待っていれば済むのは、暗号通貨による影響を受けない場合のみです。もし最終的に影響を被ってしまうのあれば、待ち続けたあとの結果に耐えなければいけません。何も手を打たない場合、対応が手遅れになってしまうという結末を受け入れることになるのです。安全策だけをとり、市場への影響を確認するためにただ待ち続けるだけの欧州委員会のようなところもあります。「ブロックチェーンと暗号通貨は、金融サービスを超えたものであるが、法律とのバランスも必要だ」と彼らは主張しています。しかし、そのまま1年も待ってしまうと、機会と価値が失われてしまう恐れがあるのです。これは規制が厳しすぎる場合も同様で、これといった特効薬は存在しないのです。
法定通貨のリスク
マルタの銀行だけでなく、世界中の銀行がリスクと対峙することに消極的であると思います。彼らのほとんどはリスクを管理するのではなく完全に避けようとしますが、そうするべきではありません。融資を希望する人がいれば、金融の役割を担う銀行にとってはリスク要因となりますが、同時にこれは銀行がお金を稼ぐ手段でもあります。銀行は、だた個人の安全のためだけにお金を預かっているのではありません。暗号通貨がリスクとして分類され避けられる理由は、それが未知の領域であるためです。まだ、銀行がリスクを負うだけの価値があると考える程にはルール整備が行われていないということなのです。だた単に業界がライセンスを付与するだけではなく、より多くの知識とともに力強くルール整備が進められていくことを願っています。
暗号通貨にリスクがあることは否定できませんが、多くの人々は法定通貨でのリスクについて考えていません。法定通貨のリスクは更に大きいものとなります。なぜ大きいのかという理由は、暗号通貨は追跡が可能であるという点にあります。この技術を使用すると、記録をバックアップでき、トレーサビリティが生まれることで、管理と対策が可能となります。業界の健全性のため、市場操作や悪用、詐欺、盗難が防げるようになります。それとは別に、特に分散化と自動化が進んでいる現代の社会では、基礎となる技術に対する信頼も必要となります。
将来的には、この技術はもはやブロックチェーンとは呼ばなくなるかもしれません。既にブロックチェーン1.0や 2.0などがありますが、ブロックチェーンという言葉よりも、将来的にソフトウェアから生まれる機能と側面についてもっと考えられるようになると思います。より統合された環境が生まれ、この環境を推進するテクノロジーが更に発展し改善されるにつれて、物事がより速く動いていくと想像できます。分散化という要素を残しながらも、より多くの容量、帯域幅、ストレージを実現することも可能となります。また、このような高度な技術とイノベーションにより、自分自身のアイデンティティを守り、自らの権利が何であるか、どう保護できるかを理解できるようになればと願っています。
環境問題
暗号通貨とブロックチェーンの潜在的な価値と同じ様に、気候変動が真実であると信じることができれば、手遅れになる前に行動を起こし、流れを変えることができると強く信じています。私達は生態系にも貢献する必要があり、若い世代の意志でその解決策は見つかると思います。安全な環境を確保するというのは、本質的に私達のDNAに埋め込まれているので、それを守っていくべきなのです。生態系に優しい安全な環境がなく、自然の影響により人々が苦しむこととなれば、ブロックチェーンも何もかもがなくなってしまいます。そのため、何に優先順位を付けるかをもう一度考え直す必要があるのです。
インタビュー・編集: Lina Kamada
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