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「身分証明書をもたない発展途上国の人々」ノースカロライナ大学 ニル・キシェトリ教授 ②

発展途上国でのブロックチェーン活用について研究されているノースカロライナ大学のニル・キシェトリ教授(Nir Kshetri)にインタビューさせていただきました。キシェトリ教授は、これまでにウォールストリートジャーナルやブルームバーグなどで、150以上の記事を執筆し、2018年には貧困との戦いにおいて暗号通貨が果たす役割についてTED Talksでスピーチを行いました。また、アジア開発銀行や国連機関でも発展途上国の問題などに取り組んでこられました。

ニル・キシェトリ氏

インタビュー日 : 2020年6月11日

シエラレオネにおけるブロックチェーンの活用

世界各国の低所得者にお金を貸す非営利団体のKIVAは、最も貧困に苦しんでいる国の1つであるシエラレオネに、ブロックチェーンを利用したIDシステムを設置しました。例えば、シエラレオネの誰かに25ドルを寄付したい場合、ブロックチェーン技術のおかげで、その人の財布に直接25ドルを送ることができます。高金利をとるブローカーを間にはさむ必要がなくなり、ブロックチェーンによって、借り手と貸し手を直接つなぐことができるようになったのです。

開発途上国における権力の腐敗問題

ホンジュラスとインドの例をとりあげます。ホンジュラスでは、発展途上国の財産権、特に土地の所有権の扱いが大きな問題となっています。ホンジュラスのような発展途上国で、土地などの財産を所有している場合、その財産はいとも簡単に取り上げられてしまうのです。政府当局が土地などの財産の所有権証明書を無効化し、所有する土地の上に建てられた不動産も、それが何であれ、ブルドーザーで破壊してしまうのです。このようにして、所有していた財産が消されてしまいます。

こういった背景があるため、ホンジュラスの土地の多くは政府官僚が所有しています。問題の一因として挙げられるのは中央集権化されたシステムです。ホンジュラスの中央集権的なシステムは典型的な腐敗の例です。

別の例としてインドがあります。インドでは6〜7割の訴訟が、土地財産の問題に関連するものです。インドでは政府当局も国民も、誰がどの土地財産を所有しているのは把握できていません。そのため、いたる場所で腐敗が蔓延しているのです。インドで土地を売りたい場合、売却のための書類を受け取れるまで最低でも3~4週間かかります。その上、賄賂をはじめとする諸々の費用として60~80ドルを支払わなければなりません。そうして初めて、必要な書類を入手できます。この非効率的な現状は国にとって非常に不利であり、国の発展の機会を奪うものです。

しかし2019年、インドのアーンドラ・プラデーシュ州が、政府が行う土地の記録及び登記作業にブロックチェーン技術を採用すると宣言しました。州政府は、あらゆる層で汚職が蔓延しているという現状を認めた上で、ブロックチェーンのシステムを適用すれば、組織的な不正行為を最小限に押さえることができるとしています。

途上国におけるブロックチェーンの導入コスト

発展途上国で、現地のブロックチェーン企業を利用しようとすると、導入に多額の費用がかかる可能性があります。しかもブロックチェーン開発者も数千ドルもの大金を請求します。このような現状がありますので、ブロックチェーンの技術と開発について、より多くの人々を教育する必要があります。大学などの様々な教育機関において、ブロックチェーンの業界や技術について教える課程が増えてきています。

発展途上国が他国の力や外国開発者の助けを借りずに、国内の力だけで独自に技術を開発できれば、インフラの導入と整備にかかるコストを削減できます。どうしても国内だけでは無理だとしても、例えばブロックチェーン技術の開発に100万ドル投資して、その費用が将来的に国の腐敗を改善することにつながり、10億ドル分のリターンをもたらせるのであれば、間違いなく良い投資です。

ブロックチェーンの導入コストは民間の個人にとっては非常に高いものかもしれませんが、政府にとってはそうではありません。多くの発展途上国の政府がブロックチェーンを導入しないのは、お金がないからではなくやる気がないからです。

ブロックチェーンを導入したジョージア政府

ジョージアはユーラシア大陸のコーカサス地方にある国です。ジョージアの政権はブロックチェーンに非常にオープンで、技術を歓迎して受け入れました。現在ジョージアの土地登記プロジェクトはブロックチェーンベースで、最も先進的な土地登記プロジェクトの1つです。しかしながら、依然として教育の問題があります。

政府官僚やその他の人々を教育しブロックチェーンの技術について知ってもらうことが課題です。一部の発展途上国の官僚たちは、現在の地位を利用して利益を得ているので、ブロックチェーン技術に反対するかもしれません。しかし、ブロックチェーンは国の発展に役立つものなので、これに反対することは、国の革新を阻害することなのです。

セルラー方式とメッシュ方式

プリペイド式の携帯電話や、メッシュ方式を使って送金したりバッテリー残量を送り合ったりするP2P機能は、発展途上国でも決して珍しいものではありません。こういった機能にはメッシュ方式を使うととても便利です。メッシュ方式の技術をブロックチェーンと組み合わせることで、より便利なものにできる可能性があります。メッシュ方式で送信するものは、セルラー方式と違って、Wi-Fiルーターを経由しなくても受信機に届きます。

つまり、1つのデバイスから直接、別のデバイスにメッセージを送ることができるのです。一方、セルラー方式では、ネットワークは非常に遅く、信頼性も低いです。また多くの場所では高度なネットワーク環境がないので機能しません。

企業は利益だけを追求する

私は国連機関でコンサルタントをしています。現在は南南協力という国連組織と一緒に働いています。発展途上国は主に地球の南部に位置しているのですが、南南協力はそういった発展途上国間の技術協力のための組織です。働いてみてわかったことがあります。それは、企業は利益を意図していないとは言うものの、本当は利益を上げることだけに集中しているということです。

私は株主を優先する企業活動を批判する旨の記事を書きました。株主を優先した企業活動を行うことは、企業や機関が、利益を上げるという一点のみに集中しているのを意味します。行政もこの状況に対して何かを変える気はありません。これは大変難しい問題ですが、克服していかなければいけません。

このように株主を中心に見据えて企業活動をするのは、ブロックチェーン企業にも当てはまります。ブロックチェーン企業は、はじまったばかりの時こそ変化をもたらしたいと言うものの、結局はテクノロジーのことしか分かっていません。

こういった企業は、各種規制についてや、政府のシステムについて理解していません。発展途上国で貧困に苦しむとはどういうことなのかも分かっていません。我々は国連で、このような課題に取り組んでいます。

アジア開発銀行での経験

私はアジア開発銀行のコンサルもしています。主なプロジェクトとして、Eコマースについての支援や技術面の支援を行いました。例えば中国は、過去10年にわたってEコマースと技術開発にに投資してきましたが、今のところ非常に成功しています。では、なぜ他の国は同じような成功を収めることができなかったのでしょうか。それは、フィンテックやブロックチェーン、AI技術といった領域の発展には、政権の関与が不可欠だからです。

どの国も、改善する可能性をもっているのですが、一つの目的に対して各層がバラバラに行動を起こしてしまっている傾向があります。各方面において改善できる可能性があるのに、その役割を担う組織がないこととインフラの不足が原因で、国としてまとまりがなくなってしまっている状況をみてきました。一貫したネットワークがないと、デビットカードやクレジットカード、ATMなどは使い物になりません。企業は発展途上地域を支援すると言っていますが、支援のための技術に費やしている費用は、年々減少しています。

千年前から進化していないネパール農家

アメリカに来る前は、ネパールでコンサルタントとして働いていました。私はドイツ技術協力庁(GTZ)や国連食糧農業機関(FAO)、そしてネパール農業開発銀行で働きました。

私の仕事はネパール全土を回り、そこの農家に生産性を高めるための近代的な農場経営の方法を教えることでした。私の会った農家は、何千年も前に使われていたのと同じ農法を使っていました。そういった農家を実際に自分の目で見てきました。

私はネパールの辺境地域の出身です。こういった地域では、何千年も変わらない方法を未だに使っていますが、誰も助けてくれません。そして世界中で見ると40億人もの人々が、名前もないような辺境の通りで暮らしています。このような人々は、自力では現状から抜け出せません。また彼らを劣悪な状況に追い込んだ権力者たちも、彼らを助けることができません。

西側諸国が貧困地域を支援しようと善意でお金を送っても、お金は権力者のところに流れてしまって困っている人々の元に届きません。農業技術や知識を少しでも改善できれば生産性は格段に上がりますが、残念ながらまだその段階まで至っていません。しかしブロックチェーンなどの最新のテクノロジーは、このような辺境の地域に解決策を提供できる可能性を秘めています。

第4次産業革命

私は1990年から貧困国や途上国のために最新の技術の研究を始めました。インターネットがまだ新しい技術だった頃のことでした。そして間もなくEコマースが登場し、私は途上国におけるインターネットやEコマースについて執筆や研究をしたりするようになりました。そこから数年後には、いわゆるクラウドコンピューティングやビッグデータといった技術が最新の話題になりました。そしてめぐりめぐって今日、私は発展途上国のためにAI技術とブロックチェーンに取り組んでいます。

第4次産業革命とは、このように様々な技術が統合されて実際にプロジェクトに応用されることです。あらゆる種類の技術を組み合わせれば、絶大な効果を得ることができるでしょう。私が執筆してきた本のほとんどが、我々の目前にある緊急の課題について取り扱っています。我々の今の課題は、40億人もの貧困者が、第4次産業革命から確実に恩恵を受けられる方法を見つけることです。

自国語さえ話せない農村部の人々

人里離れた村の出身者として、コンサルタントの仕事に就くのはとてもつらいことです。ネパールでは、普通の人は銀行に行くことすらできません。銀行員が英語しか話さないからです。農村部出身の人にいたっては英語どころか、ネパール語を話すことすらできません。

発展途上国では国民の約半数が、自国の共用語を1つも話せないと言われています。問題は他にもあります。貧困者は新技術を使った機器などを簡単扱えて、色々なことをすぐに解決できるはずだ、と多くの人が勘違いしているのも問題です。

多くの人は、農村部の人々は銀行にさえ行けない現状を知りません。理由は言語の障壁だけではありません。銀行の警備員が、教育を受けていなそうな人や、農村部から来ていそうな人を入れてくれないのです。

発展途上国のプライバシー問題

先進国の、途上国のプライバシーに対する見方には偏見があります。プライバシーは富裕層にだけ必要で、貧困層にはいらない、と先進国の多くの人が考えています。「発展途上国の貧しい人々を貧困から救うためには彼らを観察してデータを収集する必要がある」というような主張には、「貧困層にプライバシーは不要である」という考え方がよく表れていると思います。

このような主張をする人の多くは、論文を執筆して自分がプロであることを証明するために、貧困地域の人々の個人データを収集したがります。こんなことは不条理で、ばかげていると思います。発展途上国では民族間で紛争が起きたり、独裁者が権力を握っていたりします。したがって、安全な環境下で暮らしていない途上国の人々は、我々よりも一層プライバシーを必要としているのです。

個人情報データを悪用されると、物理的に、セキュリティリスクにさらされます。だからこそ、個人のデータなどプライバシーを守ることは、常に危険にさらされている貧困地域の人々にとってこそ重要なのです。通信会社やSNS会社は、個人のデータを守ることにあまり力を入れていません。FBIや裁判所がデータの悪用を取り締まってくれればいいのですが、あいにくデータの悪用にペナルティを科すような法律や規制はありません。

身分証明書をもたない発展途上国の人々

身分証明書をもっていないため自分が誰かを証明できない人々がいるということが、多くの発展途上国に共通する大きな課題です。最大の問題点は、これが人々の財政に悪影響を与えるということです。しかも、身分証明書があったとしても1種類だけでは不十分かもしれません。

ネパールをはじめとして、発展途上国の中には、銀行口座の開設に運転免許証や雇用証明書など、4種類の異なる身分証明書の提示を求めるところがあります。今の時代において、身分証明書は非常に重要です。しかし世界中で、約10億人もの人が、身分証明書を持っていないと言われています。これに加えて、34億人ほどの人が、何らかの身分証明書を持っているものの、オンラインで機能しないため意味がないという状況です。

しかも結局のところ、多くの発展途上国では、身分証明書は簡単に偽造されてしまいます。身分証明書を持たない発展途上国の人々は、小さなプロジェクトを始めることも、農業をはじめることも、学校に行くことも、何もすることができないのです。

資金不足で身分証明書を発行できない途上国の政府

そもそも途上国の人々が身分証明書を持っていない理由は、政府が発行してくれないからです。政府機関は国に取って不可欠ですが、政府機関が機能するには資金が必要です。コンゴやザンビア、タンザニアといった途上国の国々は、政府が資金不足のため身分証明書を発行することができません。

これらの国々は決して、人々に身分証明書は必要ないと思っているわけではありません。むしろ人々は必死になって身分証明書を手に入れようとしているのですが、政府機関が提供できないのです。政府にとってコストがかかりすぎるのです。

例えばナイジェリアでは、政府が身分証明書を発行するのにかかる費用は、1件あたり5ドルです。国民負担分がいくらかあるにしても、2億人もの人口を抱えている貧しい政府にとって、1件5ドルという身分証明書発行費用は、非常に高額です。

例えばシエラレオネ、ザンビア、ネパールなどの国々では、他人の身分証明書を奪い写真を外して、代わりに自分の写真を貼り付けて自分の身分証明書だと主張する人さえいます。

富の格差を解決するブロックチェーン技術

地球上で最も裕福な人々の中の62人が、発展途上国の32億人分の資産の半分にあたる資産を保有しています。このような富の不平等問題を解決することが大きな課題です。

しかしだからといって、裕福な人のところに直接行って、富を分けてもらうことはできません。この問題を解決するための唯一の現実的な方法は、政府が起業家等に働きかけ、ブロックチェーン技術を活用して透明性を高め、汚職をなくしていくことです。

今のミレニアル世代の長所は、汚職を嫌っているということです。ですので、今の世代の新しく若い力が、これからの開発に前向きに働くことを願っています。

暗号通貨界の富の格差

暗号通貨の世界にも巨大な富の格差があります。私は最近、暗号通貨界隈の詐欺についての記事を書きました。その記事の中でも触れているのですが、現存のBitcoinの40%が、上位1000位までの大口保有者によって保持されています。もっと言えば、上位の100アカウントだけで20%のBitcoinを保有しています。

こういった上位アカウントの使用者は価格操作をしたり、注文を変更したりできますが、これは多くの人に知られていない事実です。Bitcoinや他の暗号通貨のボラティリティは、ほとんどが少数の大口保有者によるものであり、大口保有者は自分たちの影響力を理解しています。したがって暗号通貨に投資をする際には注意が必要です。

法整備の遅さが技術の発展を妨げる

スイスは、ブロックチェーン技術や暗号通貨の分野において、最も先進的な法整備と政策を持つ国の1つです。他には、日本やルクセンブルク、シンガポールといった国々も、暗号通貨やブロックチェーンなどの技術に対して受け入れ体制が比較的整っています。しかし中国やアメリカをはじめとする多くの地域では、まだ法整備が整っていないという問題が、技術の開発や活用を妨げている大きな要因となっています。

政府はこれらの技術にどのように対応していけばいいのかわかっていないため、税政策やマネロン対策について懸念しています。しかも暗号通貨は、法定通貨を脅かす存在になる可能性があります。政府がテロや資本流出の問題、管理方法といった課題などを解決できない限り、この技術の開発には時間がかかるかもしれません。9.11のテロの後は特に、アメリカ政府はテロリストの口座に資金が送られる可能性を懸念しています。

したがって、アメリカから他国へ送金する際のセキュリティが強化されています。また、発展途上国の銀行も、アメリカのような先進国から圧力を受けています。その結果ネパールなどの国では、銀行口座の開設に異なる4種類の本人確認書類が必要になったのです。

高額な手数料と非効率的な現行のシステム

銀行のATMを利用すると手数料がかかります。しかも私の場合、外国為替手数料や銀行での手続きのための手数料など、さらに様々な種類の手数料を支払わなければなりません。また、銀行等が仲介役としての役割を果たしている現行のシステムは、非常に非効率的になってきました。将来的にはブロックチェーン技術を利用した暗号通貨が、この非効率性を打ち破る可能性を秘めています。

インタビュー・編集: Lina Kamada

翻訳: Nen Nishihara

     

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