マサチューセッツ工科大学のDCI(デジタルカレンシー・イニシアティブ)で、暗号通貨の開発と研究を行うタデウス・ドライジャ氏(Tadge Dryja)にインタビューさせていただきました。ドライジャ氏は、2015年にLightning Networkのホワイトペーパーを共同で執筆しました。Bitcoinの開発を行う企業Lightning Labsの共同創設者としても知られ、様々な場所で開発のサポートを行っています。
インタビュー日 : 2020年6月9日
政治的立場を主張しないBitcoinコア開発者たち
TwitterやRedditなどのSNSをみていると、Bitcoinerは銃を持っているだとか、肉食だとか書かれていて、みんなリバタリアンばかり、という印象を受けます。たしかにそういう人もいるのかもしれませんが、私は出会ったことがありません。
私が一緒に仕事をしている開発者たちは、全くそのようなイメージに当てはまりません。正直言って、政治やイデオロギーの話をすることはありません。IRC(インターネット・リレー・チャット)ではBitcoinのコア開発に関することだけを話すので、政治やイデオロギーについて話しても追い出されるだけです。
時には話が少し白熱し、一部の開発者たちの間で議論になります。こういった議論は、Bitcoinをより良くするには何を優先すべきかについて考えていくことにつながります。また、政治的なイデオロギーについての感情をかき立てることにもつながります。
ほとんどの人が、通貨には高度なプライバシーが必要だと考えているため、プライバシーの部分について話をすると面白くなります。「プライバシーを強化すれば、連邦準備制度は終わりだ」という意見も必ず出てきます。
しかし普通は政治的イデオロギーをめぐって話すよりも、かなりビジネスライクな話の方が多いので、Bitcoinが安全で使いやすいものであってほしいという意見が、全ての人に共通する考えです。
法定通貨の価値は一握りの人が決めている
我々の現在の貨幣システムは、一応機能しているとは思います。人々はインフレについて不満を言いますが、インフレ率はそれほど高くないので、現時点では大きな問題ではありません。
しかし、システムは不公平だという声もあり、私も直接的に不公平な経験をした身ですので、この点はよく理解できます。私の経験をお話しします。
日本からアメリカに戻る前、私はかなりの金額を貯金していました。しかし国を跨いだ送金はとても難しくかなりの費用がかかります。だからまずは送金しないでおいて、アメリカに帰国する直前に送金するのがいいかなと思っていました。
しかし、2012年に非常に円高が進行したため、2013年にはいると日銀は為替レートを変えたがりました。私にとっては、円高はありがたいものでした。全てのものが安くなり、給料も上がり、嬉しく思いました。
しかし、日本にとって円高はよくないことでした。為替レートが1ドル80円から100円になりましたが、それはあっという間の出来事でした。このレートの変更は、数千ドルの損失のようなもので、ほんの一握りの人間が我々のお金の価値を決定しているのだということを実感しました。
私はBitcoinについて考えさせられました。Bitcoinはボラティリティが非常に高く、アメリカや日本の法定通貨よりも上り下がりすることは周知の事実です。しかし少なくともBitcoinにおいては、1人の人が価値を決定できるというようなことはありません。
現金とBitcoinどちらが生き残るかは分からない
とりわけDCIで働いていると、人々のためにシステムを機能させようと努力している、とてもいい人たちに囲まれています。私は、Bitcoinが世界を乗っ取って現金システムを壊すとは思っていません。しかしいざという時のバックアップとしては、大変役立つものだと思っています。
貨幣システムが存続できるかどうかはわかりませんし、Bitcoinも、存続できるかどうかわかりません。今の時点ではどちらとも言えなく、将来的に銀行がなくなり、Bitcoinが必要になるかもしれませんし、逆にBitcoinがなくなり、銀行預金が必要になるかもしれません。
100ドル紙幣を見た時に、この紙幣にちゃんと価値がある、ということを考えると現金はすばらしいものです。しかしBitcoinを好む人の多くは、インフレが起こっているから連邦準備銀行が悪いだとか、何の裏付けもないままお金を印刷しているから連邦準備銀行は悪い、というように考えがちです。
確かにそれはそうですし、インフレで現金の価値が下がるという可能性も考慮すれば、現金をたくさん保有したくはありません。とはいえ、インフレ率は年に数%なので、それほど有害なものではありません。
我々の社会でBitcoinが機能するようになれば、トランザクションは格段によくなりますが、はたしてすぐにコストが安くなるでしょうか?
Bitcoinの目的は、物事をより効率的にすることですので、やがてBitcoinが一般的になれば、現金を処分し、銀行や古い技術は必要ない、と言える日がくるかもしれません。
我々はBitcoinをはじめとする新技術を用いて、物事をより効率化し、そしていつの日か、コストをより安くすることができるでしょう。しかし、今の私たちはまだその段階まで至っていません。そしてBitcoinは現金と比較すると、まだまだかなり使いづらいです。
たとえば、通貨が完全に管理されていないアルゼンチンのような状況であれば、現金を信用できないというのも理解できます。
国の通貨の価値が下がったために、何の価値もないお金のために何年も努力して働いたあげく、大きな損失を経験することになったかもしれません。
そうなったら人々が怒るのはよく理解できます。しかし、例えば日本やアメリカならばそうはならないでしょう。そこまで極端ではありません。
開発者と愛好家の違い
Bitcoinは完璧ではありません。私はBitcoinを保有しているし、レートが変動するのも見てきました。Bitcoinが機能しなくなった場合はどうするか、ということついて考えなければいけません。
これは十分ありえることです。ここを考えているかどうかが、Bitcoinを開発して毎日向き合っている人と、愛好家との違いです。
我々Bitcoinと日々向き合っている者は、Bitcoinの多くの問題点を目にして、一体どうすればBitcoinを確実に機能させることができるのか、ということを毎日考えています。
Bitcoinの問題に取り組んでいる人は、それが楽しいからです。Bitcoinは仕事、そして人生そのものです。多くの難題にぶつかることもあります。壊れるかもしれないし、何かよくないこと起こるかもしれない。何ごとも100%確実なものはないというのが現実です。
私はCory Fields氏という人と一緒に仕事をしているのですが、彼は数ヶ月前に、すべてのものは壊れている、という内容の話をしました。コンパイラもコンピュータも、もう何も信用できない、と彼は言っていました。
ではどうやってBitcoinの機能を保証していけばいいのか。これこそが、我々開発者が考えて、改善して、うまくいくように取り組みを続けていかなければいけない部分なのです。
資金調達の難しい業界
この業界の規模は大きくなり、10億ドル規模の業界まで成長しましたが、業界自体は変化していません。この業界で働いても、大きなお金を稼ぐことはできず、オープンソースのプロジェクトであることに変わりはありませんし、無償で働いている人もいます。
幸いなことに、Bitcoinのコア開発に取り組んでいる研究者のための資金源はいくつかあります。例えば、ニューヨークのChain Code labsは、いくつかのBitcoinコア開発者に資金提供をしています。
Blockstream、MIT DCI、Square Cryptoなどは、ライトニングネットワークに取り組んでいる人が最も多く、東京のDigital Garage、そして他にも、非常に多くの企業がエンジニアリングリソースと資金提供に貢献しています。
BITMEXもとても素晴らしいですし、他にも素晴らしいところがたくさんあります。2011年にはMIT Digital Currency Initiativeで働くことができました。このオープンソースのプロジェクトで働いていて、こんなにもよい給料がもらえるとは思ってもみませんでした。
オープンソースは一般的に資金調達が難しいため、オープンソースのソフトウェアで、いい条件の仕事に就けることはとても稀です。
開発者の収入
開発に資金提供する会社はあると思うかもしれませんが、数十億ドルというわけにはいきません。実は開発者は数百万ドル単位で稼いでいるわけではなく、むしろ普通の基準以下の稼ぎです。
たとえば、オーストラリアで「Fanquake」という名で知られるMichael Ford氏は、BITMEXと契約し、年間10万ドルという値段でBitcoinのコア開発に取り組んでいますが、これは驚くべきことです。
Fanquakeのために言っておきますが、彼はテック企業で働けばきっともっと稼げるでしょう。より多く稼げる手段は他にあるのです。
ICOによって生み出された数百万ドルは、コア開発者やその仕事から切り離されています。私たちはICOの動きを見ていましたが、それは、デジタル通貨と一体何の関係があるのだろうかといった有様でした。私たち開発者からすればBitcoinとは無関係に思えました。
アルトコインの可能性について
市場に出てくる新しいコインは目立たなく、将来性もあまりないのは事実ですが、面白いと思うものもあります。
例えば、ZcashはBitcoinの後に生まれたアルトコインのひとつですが、Zcash自体はそこまで魅力的なものでなかったとしても、研究や論文の執筆に資金を提供したり、暗号通貨の技術を進歩させたりといったことに役立っています。
もしもZcashが完全に消滅したり、崩壊したりしても、研究の成果であるソフトウェアや論文、発見された数式、といったものが残されますので、無意味なコインだったというわけではないです。
MimbleWimbleのコインやMoneroといったコインなど、私たちがその詳細を知らないものは他にもたくさんあり、様々な憶測が飛び交っています。その中には新しいアイデアも色々とまじっているのです。
こういった新しいアイデアが動きだしているのは素晴らしいことです。あまり詳細に追っているわけではないのですが、こういった分野での研究がどんどん進んでいます。
多くのBitcoinの開発者は、Ethereumの開発者がとった数々の選択に反対していると思いますが、私はそういった選択に注目しています。私は今でも、Ethereum開発のシステムの問題点を見たりしています。
そうすると、どうすれば同じような問題を回避できるか、ということについて考えさせられます。時には派閥の間で争いになってしまうこともありますが、争うような必要はないと思います。
他の開発者のかかえる問題や、その進展を見ることには意味があると思います。とはいえ、研究が行われていないようなコインもたくさん出回っているので、注意深く確認していく必要があります。
インタビュー・編集: Lina Kamada
翻訳: Nen Nishihara
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